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2012.01.08

日本の研究は「はやぶさ」だけではない!

Photosystem_2(JSTさきがけHP)

<2011年科学技術の10大トピックス>
科学の世界ではネイチャー誌とサイエンス誌がトップジャーナルとして有名である。分野によっては違いもあるが、生命科学の世界ではこれらのジャーナルに論文が載ると一流と認められるので、弊害論もないではないが、ネイチャー、サイエンスへの論文掲載が研究者の目標にもなっている。

昨年末にサイエンス誌が、Breakthrough of the Year, 2011として10大トピックスを選んだ。この中に日本の研究成果が2つ選ばれたので、NHKテレビや読売他の新聞紙上でも紹介されご存知の方も多いと思う。日本の1つ目の研究成果は「はやぶさ」であり、小惑星イトカワからのサンプルリターンに成功し、地球で発見される隕石の起源がイトカワと一致していることを証明したので、サイエンス誌が選んだのも頷ける。

「はやぶさ」の陰で目立たなかったかも知れないが、2つ目の研究成果は、光合成に必須のタンパク質である光化学系Ⅱ複合体(PhotosystemⅡ)の構造が日本の研究者(岡山大 沈 建仁教授、大阪市大 神谷信夫教授ら)により決定されたという基礎的な研究成果であり、世界が注目する日本の研究は「はやぶさ」だけではないよ、という強力なメッセージをサイエンス誌が発信してくれることになった。

新聞紙上等では、光合成を行う葉緑体のタンパク質複合体の構造を解明し、太陽の光エネルギーを化学エネルギーに変換するPhotosystem Ⅱという仕組みを明らかにしたもので、燃料電池用の水素を作り出す技術に繋がり、クリーンエネルギー実現の一歩になる、などと解説されている。

<光合成タンパク質複合体(光化学系Ⅱ複合体)の研究>
実はこの研究は2002年10月から2006年3月まで、科学技術振興機構(JST)のさきがけ「生体分子の形と機能」研究領域で行われていたので、2004年4月からこの研究領域のお世話役をしていた私にとっては、今回のニュースは大変感慨深いものであった。

この研究を行っていたさきがけ研究者が岡山大学の沈 建仁教授であり、2002年の採択時は「生体光エネルギー変換の分子機構ー光化学系Ⅱ複合体の構造と機能の解明及びその応用」という研究課題であった。2006年のさきがけ研究終了後も共同研究者の神谷信夫教授とともに粘り強くこの研究を進められ、2011年の今回の成果に漕ぎつけられたものである。

9年前のさきがけの研究課題には、冒頭の複雑な構造の光化学系Ⅱ複合体のイメージ図が掲げられ、「本研究では、X線結晶構造解析を主な手段として、光化学系Ⅱ複合体の立体構造を原子レベルで解析し、その機能を解明し、太陽光エネルギーの新しい利用法の開発を目指します。」とある。

このX線結晶構造解析による原子レベルの立体構造解析というのが、光化学系Ⅱ複合体の場合には超難物なのである。原子レベルでタンパク質の立体構造を決めるためには、解像度の高いX線回折画像が要求されるので、高い分解能をもつ高純度のタンパク質結晶をいかにして得るかが決め手となる。

ところが光化学系Ⅱ複合体は、細胞膜を貫通して膜の内外にまたがって存在する17種類以上の膜タンパク質が巨大な複合体を形成しているので、精製して純度の高い結晶にすることが極めて難しい。また膜タンパク質は親水性部分と疎水性部分を併せ持っているので、これも結晶化しにくさに輪をかける要因となる。

従ってこの研究は精製・結晶化を繰り返す戦いであった。岡山大学の沈教授の研究室に何度か伺ったが、いつも結晶化の苦心談をお聞きすることが多かった。当初は分解能が4Åレベルであったがさきがけ研究で3Åまで向上させたので、2006年3月のさきがけ研究終了時には、研究総括の郷 信広先生は「脚光を浴びる大成果ではないが粘り強さが感激的」と評価されていた。

それからさらに5年経ってその粘り強さが実を結んで、分解能は1.9Åと飛躍的に向上し、論文が2011年4月にネイチャー誌に掲載され、今回、サイエンス誌に「はやぶさ」と並んで注目される大成果になった。この成果により、光化学系Ⅱ複合体で酸素発生の触媒の役割を果たすマンガンクラスターの組織が精密に解析され、光合成の基本的なメカニズムが明らかになった。

Science_2
   はやぶさ(JAXAホームページ)     光化学Ⅱ複合体(JSTさきがけHP)

<注目される光合成の研究>
1年前の2011年1月30日の日本経済新聞Sunday Nikkei欄に、「人工光合成 英知集める」という表題で、2010年度ノーベル化学賞を受賞された根岸英一米パデュー大学教授が、人知を結集して人工光合成の実現を目指そうと呼びかけ、関心を集めているという記事が出ていた。

金属触媒を利用する新しい反応を開発して、植物の光合成と同様、太陽光を使って水と炭酸ガスから、人工的に化学原料やエネルギーに変えれば、地球温暖化で悪者になっている炭酸ガスの有効利用にもなるとの、根岸教授の提唱である。

さらに1年経った2012年1月8日の同じく日本経済新聞のSunday Nikkei欄に、「光合成まね 太陽光資源」という表題で、その後の研究開発の最前線がレビューされている。その中には、2011年になって豊田中央研究所が水と炭酸ガスからギ酸を合成し、人工光合成の再現に世界で初めて成功したとある。

1969年に東京大学の本多健一教授と藤嶋昭氏が酸化チタン光触媒(本多・藤嶋効果)を発見して以来、日本はこの分野でトップを走っているので、今回の光化学系Ⅱ複合体の解明という基礎研究の成果も、さらに日本の人工光合成技術力のアップに貢献するに違いない。

ただ日本経済新聞の記事によれば、海外でも日本を追い上げる動きが活発で、米エネルギー省の大型投資や中国、韓国の研究強化が目立つようである。原発事故という科学技術のマイナス要因が日本の科学技術行政を混乱させているが、光合成の研究では海外各国に逆転されることのないよう、しっかりサポートしていきたいものである。

<後日談:本研究成果が2012年度朝日賞に!>
2013年の正月早々に朝日新聞社の社長から封書が届いた。朝日賞とか大佛次郎賞贈呈式と書いてあり身に覚えがないのでびっくり。中に受賞者のご希望で招待状をお届けしましたと書いたカードがあった。

朝日賞受賞者に岡山大学沈建仁教授と大阪市大の神谷信夫教授のお名前があった。業績名は「光合成における水分解・酸素発生の分子機構の解明」である。つまり、お2人は本研究成果で2012年度の朝日賞を受賞されることになり、沈建仁先生のご配慮で、私まで招待して頂いたためと判明した。

Asahisho
    沈建仁教授への朝日賞贈呈         沈建仁教授の受賞スピーチ

大変光栄なことなので、2013年1月31日に東京の帝国ホテルで開催された2012年度朝日賞贈呈式に参加させて頂いた。600人が出席するという盛大な贈呈式であった。


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